こんにちわ貴浩です!
今回は西川選手の智辯和歌山高校時代についてのお話です!
西川選手は高校時代、センスを認められ、高卒ながらドラフト2位指名でしたが、下位指名で取ろうと思われていた選手だったようで
なぜ上位指名に至ったのか、そのあたりも考察していきたいと思います!
スポンサーリンク西川選手のプロフィール
生年月日 1992年4月16日 出身 和歌山県紀の川市 出身校 智辯和歌山高等学校 181cm/79kg 右投/左打 ドラフト2位
西川選手の智辯和歌山高校時代
プロ入り前
社会人まで野球をしていた父親の影響で、初めてバットとボールを持ったのが小学一年生の時。
貴志川中学の時は「打田タイガース」に所属していました。
2年生の時には全国優勝を経験しています。
智辯和歌山高校時代
高校に進学し、1年生春から遊撃手として抜擢され春季大会では4本塁打を記録しています。
チームは甲子園出場を果たすも、試合直前で手を怪我して痛み止めを飲みながら
9番・三塁手で出場していました。
この大会では13打数、6安打を記録しています。
1年秋からすでに主力として3番を任されるまでに。
2年になってから外野にコンバート。
夏、チームは甲子園に出場するも自身は予選の時怪我で出場できませんでした。
ですが甲子園では12打数4安打をマーク。
3年生の時、故障から回復し、甲子園に出場するも初戦で敗退。
高校通算13本塁打を放っています。
西川選手はセンスの塊だった?
智辯和歌山の当時の監督は西川選手について語っていました。
西川選手では小学生、中学生の頃から和歌山ではよく知られた選手だったようです。
とにかく野球好きで上手くなるために何をするべきか答えが出たら黙々と練習するタイプで
また、空気を察するのが上手いようで監督が怒り出す時には姿を消している事がたびたびあるよう。
また、西川選手は盗塁王を3度獲得していますが
高校時代から投手のクセを見抜くのが上手かったらしく
塁に出た際、様子見すらせず1球目から走り盗塁を成功させていたようです。
技術うんぬんではなく、センスと監督は語っており西川選手の才能に感心していました。
後にドラフト2位で入団で盗塁王を獲得し億プレイヤーになっていますから驚きはないですが、やはりすごい選手はアマチュア時代から片鱗を見せるもののようですね。
西川選手は下位指名のはずだった?
西川選手はスカウトが付くなど知られた存在でした。
監督は当時、西川選手のスカウト評を聞いた際
「西川を指名するとしても下位になるかも」と言われていたそうです。
西川選手はホームランを打つバッターではなかったので、高卒ともなれば下位指名が普通ですからドラフト2位という上位指名に驚きを隠せない様子でしたが
後に日本ハムのスカウトに話を伺うと、
「凡打した時、打席から一塁までの到達タイムが一番だった。こういう選手はプロでも活躍できます」
凡打でも内野安打にでき、守備のミスも誘える。
また、西川選手の野球に対する取り組みも評価を上げた理由でした。
その言葉通り活躍しているので、スカウトの慧眼には脱帽ですね。
まとめ
今回は西川選手の高校時代についてのお話でした!
アマチュアの頃からセンスを見せつけ、順風満帆にやってきていますがやはり主力として活躍する選手はどこか一線を画していますね。
高卒で2位指名というのは本当に能力の高さが認められているという事ですから、その能力をプロでも遺憾なく発揮してもらいたいところです。